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 【3月21日付】 

 

     朝夕、駅頭に身を置くと   

 

朝は月水金曜に矢川駅、谷保駅、国立駅と順追ってめぐりながら、

名前の入った水色の上り旗を立てて、勤めに向かう人たちに声をかけて過ごしています。

夕方は国立駅の前に時間を見つけては、

買い物帰りの人たちにマイクでもって話しかける昨今です。

 

立ち始めた2ヶ月前と比べ、人々の反応が目に見えて関心高くなっているのが分かります。

それは春が近づいたからではないようです。

やはり現職国立市長の不出馬ニュースが出たからでしょうか、

私の声に道ゆく人の耳が心なしか大きくなっているように感じるのです。

 

「国立の市財政は逼迫し、住民サービスが落ちています。

歳入努力をし歳出抑制して財政再建をすること、当然とはいえ、これが第一の課題です。」

 

「国立駅の工事に入ったのに未だに市としての周辺計画が発表されていません。

歩道には自転車が散乱したままです。

遅れてしまった駅周辺のまちづくりを早急に進めねばなりません。」

 

こう語りかける私に、ある人は「ガンバって」と言って手を振り、

ある人は「尋ねたいことがある」と言って近寄ってきてくれます。

 

その中で昨日の午後、マイクを離した私に声をかけて来たのは、

今はもう二十歳になる障害男児をもつ女性でした。

 

「まちの段差をなくしてくれますか。障害者の目線に立った行政をしてください。

財政が厳しくても福祉の水準を下げないでください。障害者を支えるのは人の心です。」

 

アメリカでの生活で体験した福祉サービスの厚さを語り、

また彼の地での個人の寄付でもって支える地域福祉のしくみの有用性を訴えておりました。

 

「帰国して日本の福祉はかなりのレベルにきたとは感じますが、

まだまだ工夫の余地があると思います。とくに地域に存在する人的資源の活用は大事です。

また国立には生活にゆとりのある人も少なくありません。

その人たちからの金銭的な拠出のし易いしくみも工夫されてよいと思います。」

 

それにしてもこうした意見を一般論でなく、個別の私への期待として理解する時、

改めて市政改革を掲げて街頭に立つことの重さを味わわないわけにはいきません。

地域行政にとって福祉の充実は基本です。

36524時間、高齢者も障害者も誰もが安心して暮せることができるようにしなくてはなりません。

朝夕の駅界隈の人の波の中で、こういった出会いは、

確実に私の心に実りを残してくれるといってよいようです。

 

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 【3月11日付】 

 

     「いい風フォーラム」と不出馬表明   

 

かつて井上靖は、シルクロードを旅しサマルカンドを訪れた際、

600年前に建てられた壮大な建造物ながら荒廃したままになっているビビハヌイム寺院をみて、

こう述懐したといわれます。

 

「世の中には滅びゆくままに滅び去るものがあってもよい」。

 

突然にこの言葉を思い浮かべたのも他でもありません。

37日、上原国立市長が来月で市長を辞めると表明したからです。

紛れもなく彼女は自ら求めるように崩れ、滅んでいく、そう思えたからです。

 

「滅びゆくままに滅び去る」光景は文学的にはロマンがあります。

しかし、それが現実の市民生活を支える市政の放棄というものであれば、

その選択は無責任のそしりを免れるわけにはいきません。

増して自らの描く空想的社会主義の幻想を、国立という小さな自治体で8年間にわたって実験し、

その結果において街を捨てようとするのですから、これはいただくことができません。

国立市役所の現職のある部長が、奇しくもこう私に漏らしていました。

 

「国の経済失政で90年代には「失われた10年」という期間がありました。

国立市での2期の上原市政は「失われた8年」というしかありません。」

 

それはともあれ、この突発事と前後しての39日、

一ヶ月前から準備していた「しまづ隆文いい風フォーラム」が国立市の芸小ホールでもたれました。

 

明日の「くにたち」をみんなで創る会の主催による、

しまづ隆文とともに市政を変えようとの盛り上げフォーラムです。

400人近くが集まり、通路の階段さえも人で埋まるほどの盛況でした。

 

フォーラムは20分近いピアノの演奏から始まりました。

重野会長の開会あいさつ、そして保坂三蔵参院議員や石井義修都議、

三田敏哉都議らの激励に続き、PTA連合会の元会長、幼稚園の若い母親、

一橋大の学生、商工会の五十嵐一典会長のメッセージという展開で、

国立現市政の生んだ教育やまちづくりの問題点と今後の新市政への期待がいっぱい語られました。

 

それにしても若いスタッフたちが、国立市としまづ隆文物語ともいうべき映像を作成し、

10分間スクリーンに映し出してくれたことは新鮮でした。

そこにはNY駐在時の姉妹都市事業の仕事ぶりや、

多摩ニュータウンなどのまちづくりに関わった経歴、

文化行政や生涯学習事業への取り組みなどが様々に紹介され、懐かしさを抱きながらも、

改めてそれら行政経験を国立市へ還元する必要性をおおいに感じたものでした。

 

そして最後には安倍首相や石原知事からの祝電、

国分寺、立川、日野の市長や中野区長からの激励電報なども披瀝される一方、

14人の市議選候補者たちとの連携を確認し、散会しました。

 

フォーラムは現職市長の不出馬宣言への驚きもあってか、終始極めて盛況でした。

国立のひとつの時代が去っていく・・。

その思いを実感しながらも、今後の選挙戦の展開の不鮮明なことが、

不思議なほどの盛り上りを多くの人に与えていたのかもしれません。 

 

それにしてもと思うのです。

それにしても考えてみれば、8年前に上原市長と揃って大学通りを歩いた長野の田中康夫知事も、

県を混乱させ崩壊していきました。

半年前のことです。

当初受け入れられた脱ダム宣言といった理念至上主義が、

やがて現実の県民の生活を改善させることなく混乱を生み、県民からの離反が生じたといわれます。

それとパラレルに国立市の上原市長も、当初掲げた景観主義が広く歓迎されながらも、

その徹底した不作為行政、無為行政が現実とのアンバランスを生み、

多くの市民の反撥を招いたといえるのです。

 

確かにわが国は80年代にバブル経済を招き、その後の長い混迷の時を経験しました。

上原市長の景観や環境への配慮の姿勢は、

往時の社会のバブル的発想に対する警告としては一定の評価ができるものと考えています。

しかし不幸なことは、上原市政がそうした文明警告的な範疇を出ることなく、

終始神学論争のような行政しかできなかったところにあるように思うのです。

 

ちなみに、ちょうど一年前の予算議会で上原市長は、

これからの都市は「つくる」のでなく「壊す」ことで再生を図るべきという

「減築の思想」を市政運営の基本と表明していました。

それがわずか一年にしての今日の事態です。

自身と自らの市政を「壊す」ことで幕引きをすることになろうとは、一体誰が想像しえたことでしょう。

 

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 【3月1日付】 

 

     小さな美術館、小さな図書館   

 

国立は小さな街です。でもいっぱい宝物があるように思えます。

とくに文化という面での宝物がとても豊富のようにみえます。

いえ、それはモノだけではありません。人間もそうです。

 

昨日、地域回りの一環として東4丁目の宇フォーラム・KV21美術館を訪ねました。

この美術館はドイツに10年滞在し幅広い創作活動をしてきた平松輝子さんが

自宅の一角に1999年に設立したものです。

静かな住宅地の中にあって、北斎や広重の版画やモダンアートなどが展示され、

こじんまりとしつつも文教都市そのもののような格好の空間になっていました。

その子息の平松朝彦館長も建築士としての目線から、

愛すべき国立市の未来を憂い、熱く今後のインフラ整備の工夫と必要性を語ってくれました。

 

そうなのだ、と思いました。

こうした小さな美術館が、実は国立の街にはいっぱいあるのではないか。

さらにいえば美術館然とした建物でなくても、

自宅のなかに多くの貴重な絵画や彫刻がおかれているのではないか。

その宝物を自宅に閉じ込めず、

そこで開放することで地域全体がまるごと美術館になるのではないか、と思ったのです。

もちろん、その小さな施設の魅力は、そこに関わる人々の魅力でもあります。

 

もちろん文化は絵画彫刻だけではありません。音楽もあります。

写真家も文筆家もいます。芸能人もいます。

こういった人たちとその創作物や貯蔵物を開放し、点から線、線から面と広げていけば、

地域全体が美術館、音楽館、図書館となるはずです。

そうすれば子どもたちも気軽に絵や音楽に触れ、また内外から訪れる人も出てくるというものです。

言い換えれば、国立の文化・教育・観光の3つの視点を結びつけ、

トータルとして国立発の文化イベントや市民による文化メセナ活動として展開されていくのです。

国立のトライアングル構想とも称してよいかもしれません。

ちなみにそうすれば、あえて大きな公共の文化施設などを作る必要もなくなりましょう。

 

墨田区に「小さな博物館」といった運動が行われています。

羽子板や藍染、足袋やブレーキといった素材をテーマに

40ほどのそれぞれの歴史を持った個人宅を活用した博物館ネットワーク運動なのです。

地域産業にも教育にも観光振興にも寄与するもので、たいへん好評であると言われています。

 

上記の構想は、いわばこの墨田区の「小さな博物館」運動の

国立市版といってよいのかもしれません。

墨田区の場合は伝統文化が基本ですが、国立では文化芸術を軸に、

地域ぐるみの文化振興策を試みるものであり、新しいコミュニテイづくりを図るものでもあるのです。

こうした試みの中に文化のブランド都市としてのひとつの内実づくりができるのではないでしょうか。

そんな想いを描き、少し心をうきうきさせながら平松邸を後にした次第です。

 

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 【2月18日付】 

 

     「たんぽぽの歌」   

 

暖冬のせいか、タンポポが例年になく1月に花開いたと今朝の日経新聞に掲載されていました。

今回はそんな穏やかな春の足音に影響されて、

この花にまつわるある女性との出会いを綴ることとしましょう。

 

その人はモーレンカンプ冬子。

40年余前に日本を離れニューヨークの国連で知り合ったオランダの男性と結婚し、

いまアムステルダムに住んでいます。

海外にあっても朝日歌壇に投稿を続け、何気なく読んでいた私ながら、

いつのまにか彼女の故国への愛惜に満ちた歌々にすっかり魅せられるようになっていました。

 

          “ 国を出でし時止まってしまったわが時計

                                             巻いても巻いても二十二歳“

 

例えばこんな哀感の滲む多くの歌に出くわした時には、はやる気持ちを抑えきれず、

一面識もないのにアムステルダムに歌の感想を交えて手紙を書き送ってしまったものです。

しかし返事はトンボ返りのように一冊の単行本とともに返ってきました。

 

「唯今お手紙と御書評、本当にうれしく拝見いたしました。

なぜこうもうれしいか、どこからお話ししてよいかわかりませんが。・・」

 

という書き出しであり、そのたどたどしさに返って喜びの大きさが理解できるような気がいたしました。

見知らぬ人からの手紙であれ、そこに故国日本とのつながりを聊かでも求めようとする

彼女の深い思いが出ている、そう思えてものでした。

送付された本のタイトルは「たんぽぽの歌」(白凰社)。彼女の歌集でした。

 

そのなかに春を賛歌した次のようなものがあります。

長くて暗く寒いヨーロッパの冬を過ごした後の解放感を、

童女のように歌った私の大好きな歌の一つであり、

今の季節にとりわけふさわしいと思われるので掲げておくこととします。

 

          “たんぽぽの黄金の海に身を投げて

                                            空を抱けば命いとおし“

 

しかしそれにしても今年の春は平年のようにはいきません。

連日地域回りをするわが身にとって、

中々春のメッセージに平安に浸るにはいささか喧騒が過ぎるというものです。

せめてこのたんぽぽと生命の賛歌をば明日の支えとして、

4月までの日々を過ごすことといたしましょう。

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 【2月10日付】 

 

     国立駅周辺のまちづくり   

 

昨夜は富士見台1丁目のミニ集会に出かけました。

およそ40人くらいの地元の人たちがおられたでしょうか。

西の広島、東の国立といわれるほどに偏った教育問題や

住民基本台帳ネット切断による不便さなどが指摘される中で、

ストップしたままになっている国立駅周辺の整備の話が出ました。

 

市民の意見を聞く、市民参加が大事と言いながら、そのことばかりをここ数年やってきて、

本来示すべき市としての駅周辺全体の計画案を全く示してこない、

これは行政としての責任放棄ではないかというものでした。

この意見には私としても全く同意見で、

常々現市政の市民参加方式では住民自治の意義そのものを崩壊させてしまいかねないだけに、

おおいに納得したものでした。

行政としての不作為が市としてJRとの責任を持った交渉も出来ず、

そのことが三角屋根駅舎ひとつ残せなかった原因ではないかと考えていたからなのです。

 

駅周辺の整備計画については、これまで3つの具体的な動きがありました。

 

1は、現市政がスタートした直後の平成12年に市として「国立駅周辺プラン報告書」を策定しました。そこでは駅周辺を含めた総合整備計画が必要と提示していました。

2は平成15年には庁内検討委員会が「国立駅周辺まちづくり計画」を作成報告しました。

3は平成16年には「国立駅周辺まちづくりに関する提案書」(会長北沢猛東大助教授)が

「森の駅」構想と関連整備計画の策定を進言していました。

 

こうした動きがあるのに、この間、国立市としての全体計画案は一度も正式に提案されずに

今日に至っているのです。そういえばこうした現市政の2期にわたる不作為行政を、

先日会った市の現職のある部長は「失われた8年」と表現していたものです。

 

それはともあれ、この国立駅周辺のまちづくりは早期に固めるべき大変重要な行政課題です。

そんな思いもあって昨年末、200人ほどの地域住民(北、東、中を中心)の方々に

私個人としてアンケート調査を行いました。その結果の一部をご紹介しておきます。

 

Q 三角屋根駅舎の招来の再建について、あなたのご意見を伺います。

現在の場所にそのまま復元すべきである(25%

象徴的な意匠部分を新駅舎に設置することでよい(33%)

建物を復元する必要はない(31%)

 

Q 国立駅南口駐車場を再開発し、数階以上に高層化しようという案が

   国立市で検討されていますが知っていますか?

よく知っている(10%

少しは知っている(19%)

知らない(67%)

 

Q もし国立駅南口エリアを再整備するとした場合、

   当該土地の高層化による活用で特にどんな機能が備わればよいと思いますか(複数回答可)。

駐輪(車)場

市役所コーナー

保育所

店舗(ショッピング)

音楽ホール

 

といった順での多さの回答結果でした。

もちろん高層化は必要ないという意見もありました。

 

事柄がなんであれ、対立する市民の意見を集約し、ものごとを進めていくことはシンドイことです。

しかし行政としては避けることはできないものです。

増して国立駅周辺整備は中央線の高架化と連動して早めに考えるべきものであったはずです。

最近になって背中に火がついてしまったにも拘らず、

その周辺整備の計画策定作業を市は放置してしまってきたのです。

 

いやいや、この周辺全体の整備の必要性は、JRの都合だけではありません。

アンケートにもありますように、道に溢れる放置自転車の解消にも寄与する可能性があります。

育児や市役所サービスにも結びつく作業なのです。

住民のサービスアップを図るかどうかの、国立市政の見識が問われる課題であったのです。

まさに「失われた8年」でした。

 

それだけにこの春からは、市としての全体計画を何としても早期に策定し進めねばと思う、

昨夜の集会帰りでした。

 

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 【2月1日付】 

 

     届けられた長短、2通の手紙   

 

暖かい日が続くからでしょうか、国立の大学通りの梅も紅白そろっていっぱい咲き始めました。

朝は富士見台や西の商店街を歩き、夕は矢川の界隈などをめぐるなど、

終日あちこちを廻っていると実に多くの人に出会います。

そこで実に多くの話しを聞きます。

それは時に新鮮で、時に厳しいものがあります。

 

そんな出会いの中で知り合った人たちから、相次いで手紙を受け取りました。

1通はかなり長い手紙、もう1通はすこぶる短いものでした。

いずれも私にとっては大変に心動かされるものがあり、今回はそれをご紹介しようと思うのです。

 

まず長い手紙です。

 

ところで私にとっての国立市ですが、住みやすい街です。一方で困ることがあります。

住基ネットに参加していないため

住民票などが至急に必要な時に休暇をとっての半日がかりは不便でならないのです。

個人情報保護は当然に理解していますので、

よりよい仕組みづくりをして住基ネットに参加して欲しいと願っています。

次に国立駅周辺の景観保護です。マンション論議ではありません。

私は国立駅南側に、早春にいち早く咲く「緋寒さくら」が大好きでした。

そして駅舎も大好きでした。

絵を少々かじる人間としての発言ですが、私以外にも絵を描いたり、

写真を撮っていらっしゃる方を見かけますので、きっと同じ思いでいるのではないかと感じています。

 

イデオロギーに影響され市民サービスを混乱させる住基ネット切断策をやめて欲しい、

伝統ある国立の景観は保護して欲しい、あるいは退職する団塊世代の地域貢献を進めて欲しい。

こういった内容が、数枚の便箋にびっしり書かれていたのです。

国立への愛着が痛いほど伝わってくる文面であり、わざわざ手紙にしたためての、

この北3丁目の男性の市政への思いは十分受け止めていくべきものと心した次第でした。

 

もう一つの短い手紙は文字通りたった1行というものでした。

それは茶封筒の表紙に鉛筆で書き込まれてありました。

 

75千市民の期待を込めて

 

東2丁目の男性が届けてくれたものです。是非、市政を変えてください、カンパです。

こう言って慌しく帰っていったあとで茶封筒を開いて私は言葉を失いました。

なんとその中には現金で75千円が入っていたのです。

75千市民の期待を込めて75千円を、というのです。

思わず感極まって涙するのを止めることは出来ませんでした。

私は遠くに姿を消しそうになっていたその人の後姿に、思わず合掌してしまったものでした。

現市政への憤りは大きい。何としても市政の改革に頑張らねばいけない。

そう改めて決意し、拳を握り締めたものでした。

 

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 【1月23日付】 

 

     「みんなで創る会」の事務所がオープン   

 

1月16日、「明日の「くにたち」をみんなで創る会」の開所式が行われました。

総勢100人近い人たちが集まったでしょうか。

谷保や富士見台、西、東、中などから幅広く集うなかで、

特に商店街の人や主婦の方々が多かったことが印象的でした。

 

財政に苦しむこの街の市政を救おう。まちづくりに手をこまねく行政を変えよう。

そして文教都市の名にふさわしい文化の「くにたち」をつくろう。そう改めて確認し合いました。

 

新しい事務所の所在は、国立市東1−16−9。

国立駅南口から大学通り左サイドを歩いてほぼ4分。

北島金物店を左折したところに、ウッド仕様の山小屋風のオフィスがあります。

目の前の南側が一橋大学の東校舎で、

鬱蒼とした松林の間から冬の日差しが柔らかく差し込む閑静なたたずまいの一角。

そこが新事務所なのです。

 

室内にはピアノも置かれ、疲れたときにはその音色を聴いてホッと一息つくことができると、

集まった人たちにはすこぶる好評でした。

 

「時折ワインなんかを口にしながら、このピアノを囲んでのミニコンサートなんかを開くといいですねぇ」

 

重野和夫会長からこんな言葉がもれるほど、胸を弾ませることのできる新事務所といえましょうか。

まして若いボランテイアの人たちが出入りするようになると、

なかなかに明るく楽しい空間になるのではないかと期待されるのです。

 

さて一橋大学の隣接のオフィスオープンということもあって、

その数日後に早速に杉山武彦一橋大学長に挨拶に伺いました。

学長室では話しが弾み、これからの国立市にとって大学との連携の有効性は高く、

その推進こそ大いに必要と申し上げました。

 

国立には一橋をはじめ多くの大学があります。

この大学の知的資源の地域還元を考えない手はありません。

産学公による産業振興策の研究開発、あるいは文化教育振興策としての

地域まるごとキャンパス構想の展開、

とくに一橋大学に学ぶ約500人の海外留学生との交流といった事業の掘り起こしなどは

是非進めていくべきものではないでしょうかと。

 

そういえば文京区も東大やお茶の水大など地域に所在する諸大学との連携事業を進めています。

文京アカデミアというプロジェクトで、学長講演会、大学院への市民開放、

図書館の開放などを企画実施していると聞きます。

こうした地域まるごとキャンパス構想は、大いに参考にしたいものです。

 

こう申し上げて、キャンパスをあとにしたのです。

センター試験の準備に慌しいキャンパスが、

それでも新しい試みを大いに期待して待ち受けているかのように感じた帰路でした。

 

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 【114日付】 

 

     「未来とは現在(いま)である」   

 

昨日は谷保の駅前で少年野球の卒団式があり、

小学校5、6年生の元気な笑顔に包まれる機会を得ました。

次世代の若い瞳の輝きは確実に心を沸き立たせるものだと感じたものです。

 

それにしてもわが国の少子化の進行は深刻です。

以前研究員をしていたシンクタンク・総合研究開発機構(NIRA)での将来予測で、

500年後の日本は縄文前期の人口10数万人になるとも指摘されています。

これでは国も家族も消滅してしまいます。

人口減をとめることは今の時代に身をおく私たちの責務です。

安心して子育てのできる社会にしなくてはいけません。

 

それにしては(と突然に各論に入りますが)、国立市の教育サービスは低く、

例えば遠足や修学旅行の父母負担は、立川市(18600円)や府中市(16300円)に比べ、

なんと28800円と7割近くも高負担なのです。

また子どもの治安という面でも国立の市政は問題を抱え、

安心安全条例づくりも忌避しているばかりか、

学校の防犯カメラも監視カメラになるからと長いこと設置できずにいたといわれます。

子育て環境づくりでの真っ当さが何とも希薄なように思われます。

 

話は(またまた突然に)変わりますが、私が東京都のニューヨーク駐在員として赴任していた時、

ナンシー・リーというユダヤ人の女性と親しくなりました。

ある時、どうしても聞いておきたいとこんな質問をしたことがあります。

「第2次大戦のときも数百万人とも言われていますが、

昔からユダヤ人は随分殺されてきていますね。

にも拘らず民族として存続し得ているのはどうしてでしょう。」

すると彼女はこういったのです。

「私たちの社会では堕胎のことをサイレント・ホロコースト(無言の虐殺)と言って自戒しています。

すなわち子どもは宝であり、一旦身ごもった子は絶対に中絶することのないようにしているのです。

その子は社会の子どもなのです。

どんな関係の人たちの間の子であれ、私たちは大切にユダヤの子として育てます。」

 

歴史と倫理観が異なるとはいえ、こうした民族保存としての危機感は衝撃的でした。

同じ時代の日本では年間の出生数110万人に対し中絶数は厚生労働省の発表で30万件、

一説では「中絶に必ず使われる薬の量から推測すると年間300万件とも500万件」

(「小さな鼓動のメッセージ」辻岡健象著)とも指摘されています。

確かに中絶にはそれ相応の事情が個々にはあることでしょう。

それにしてもわが国にあって、かように生命を軽く扱うようになったのはいつの頃からだったでしょう。

とくに青少年の性倫理観の変容には著しいものがあるようです。

 

以前渋谷のある店で少女の唾尿や下着が売買されている現場を視察したことがありました。

そのときもっとも驚いたことは、当の女子高生たちが屈託もなく笑いあっていることでした。

「だって誰にも迷惑かけてないじゃない」。

そこにはどんな制約も社会的ルールも一切受け付けない絶望的な「明るさ」があったのです。

ひょっとしたら戦後社会の権利至上主義というものが

その「明るさ」の要因の一つではなかったかと思い至り、皆で気持ちを塞いだものでした。

 

安心できる子育て環境の保障と倫理意識の涵養。

これからの社会と家族の将来を考えるにあたって、

正面から取り組まねばならない課題だと思わないわけにはいきません。

そして野球少年たちのきらきらした瞳に、

そうしたメッセージを感じたのは私ひとりではなかったような気がします。

 

「未来とは現在(いま)である。」

 

こう警告した、米国の社会学者マーガレット・ミードの言葉を私たちは忘れてはならないのです。

 

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   【11日付】 

 

     『くにたちに時はながれて』を読んで   

 

明けましておめでとうございます。

 

元旦はお参りに谷保天満宮を訪れました。

宮司さんから紅白の矢羽根をいただき、幸先のよい一年になるものと大いに喜んだものです。

それにしても元旦ばかりは息抜きをと一冊の本を読んで午後は時間を過ごしました。

著書名は『くにたちに時はながれて』(志田次子著)。

昭和改元の年に国立の東1丁目に居を移した志田さんが、

昭和62年の齢91の時に、それまでの人生を国立の風景や歴史と重ねて書き上げたものです。

年末に商工会々長さんから薦められていた一冊でした。

 

「伏して思えば私共が此の壮麗な国立に生活の場を得て雑木林の道に

多くの良き友とめぐり合いましたことは阿弥陀仏如来様の御佛恩でございます 合掌」

全編に国立への愛着が漂い、その心洗われるいくつものエピソードに、

この正月の最高のお年玉を得たものと納得いたしました。

 

そのなかで目を引いたもう一つの文が後書きに載せられていました。

「往昔、谷保村本村の方々は分譲地国立に流入した兎角に意識を異にする新しき住民に対して

寛容と度量をもって接せられ、谷保村当局は農村財政の苦しい中から国立市に対し

多大の行政的援助をお与え下さいましたことを忘れてはなりません。」

60余年国立に住んでなお「よそ者」として、

谷保の人たちへの感謝を忘れぬ謙虚さに頭の下がる思いがいたしました。

新旧の人々が共存するための相互の工夫の痕跡が、こういった言葉の端はしに伺われ、

今に続く人々の暮らしの上での努力の大切さを知らされた気もいたしました。

 

それにしては昨今、こうした歴史をもつ国立市でありながら、そこの革新系といわれる

一人、二人の市議がわずか5年、10年先に住んでいるだけであるにも拘らず、

後から入ってくる住民に市政を語る資格がないといった姿勢を表明していることを知りました。

初年兵をいたぶる古参の上等兵のような心貧しさに思わず苦笑したものでした。

しかしこういった姿勢が一介の市議らの発言であればともかく、

市政の基本方針となっているとすれば笑って許されることではありません。

 

昨年1月、上原市政は国立市の基本構想を策定しました。

驚くべきことにそこにはこんな記載があるのです。「人口は上限を最大8万人とする」と。

ふつう行政で基本構想を作る場合、人口は例えば「8万人程度を想定する」と表現するものです。

しかしこの国立市の構想は「上限」を設け、すなわち将来人口を抑制しようと明言しているのです。

こうした排他的な思想の中には、都市がもつ本質的な機能である人の流動性を否定し、

街の活気を奪う一種の地域エゴイズムを感じないわけにはいきません。

こういった思想の延長線上に、例えば生活基盤の整備さえも放置するような

不作為行政が続いているといえるのではないでしょうか。

 

そういえば新住民が入ろうとするマンションの建設阻止事件で、

「(上原市長の行為は)首長に要請される中立性、公正性を逸脱している」、

「異例かつ執拗な行為であり、社会通念上許容される限度を逸脱している」

と裁判所に判決文でたしなめられたこともあったと聞きました。

 

『くにたちに時はながれて』のなかで志田次子さんは、

旧村の人たちが広い心をもって流入してくる人たちを受容してくれたことに

ひたすら感謝の念を表しておりました。そこに調和の素地があったように思われます。

しかしそれからわずか十数年しか経たないのにこの国立は、

市の方針として人の寄り付きを拒むような街となってしまったのです。さびしいことです。

願わくば関係者にあってはこの一冊を手にされ、

開かれた「光輝ある国立市」(志田)とすべく心入れかえていただきたいものと思う元旦でありました。

 

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 【1215日付】 

 

     久方ぶりに早稲田を訪ねる   

                           ・・・奥島孝康前総長訪問

 

早稲田大学は母校です。

しかしそこでの時代が学園紛争の頃であっただけに爽やかな思い出はなく、

卒業して以来ほとんどまともに訪れることはありませんでした。

しかし今回ふと思い立って雨のなかを奥島孝康前早大総長に会いに伺いました。

40年ぶりに会ったにも拘らず、教授は満面の笑みを浮かべて迎えてくれ、

そしてその恰幅のよい風体は、

それだけで私に確実に元気を与えてくれた様な気がしたものでした。

「僕も君と同じく昔は国立駅の北口に住んでいたんだけど、

今の国立のおおきな問題、課題は何かね」との奥島前総長の突然の質問に、

国立市には大きく3つの課題があると説明しました。

 

第1は、国立市の財政がいま大変に困窮していること

 

2は、国立市のまちづくりが止まってしまっていること

 

3は、市民参加が強調されながらも一部の人たちによる偏った傾向をもってしまっていること

 

この3点が問題ですと話すと、教授は書棚から一冊の本を取り出し、私に手渡してくれました。

「志立大学早稲田の実現」という奥島教授自身が取りまとめた著書でした

(注:「志立」で正しく、「私立」のミスプリではありません!)。

 

「この本には僕が総長として大学の改革に取り組んだ思いと実績が書き込んである。

読んでみるといいよ」と幾つかの視点を具体的に示してくれたのです。

 

「財政の基本原則は、本来「入るを量りて出ずるを制す」ということであり、

すべてはそこから始めるべきです。

私は総長就任直後から退任するまでの8年間猛烈な引き締め政策をやってまいりました。

毎年毎年5%の経費カットということを8年続けたのですが、

それでも本当の困った問題は出ていない」

 

著書のこの一節を示してくれただけではありません。財政改革として、

大学としての積極的な経営努力に踏み出している事例を丁寧に説明してくれたのです。

大隈庭園に隣接させてのリーガロイヤルホテルの経営に着手したことや、

早稲田カードという大学カードを発行したこと、

あるいは遊休不動産であった埼玉県本庄の土地26万坪を

国際リサーチパークという形で開発していくことなどがそれでした。

 

かてて加えて関心を持たされたことは、

学内を久しく支配してきた革マル派を排除したいきさつでした。

5年前の2001年に学生会館や学内各館の地下に巣くっていた集団を排除し、

各部屋を多くのサークルに提供できるようにしたことです。

集団威圧され、盗聴器を仕掛けられ、その思想集団の陰湿さに苦しめられつつも、

果敢に対抗してきた経緯には大いに緊張させられるものがありました。

 

「いやあ、あの時はさすがに大変だったよ」と言いながら、

奥島前総長は「ハハハ」と大きく笑い出しておりました。

しかしその声の大きさにこそ、

思想集団の偏狭ぶりに苦しんだ重さを思い知らされたものでした。

 

そういえば国立市の職員給料はラスパイレス指数で102.8

要は世間と比べ3%近く高いのです。

しかも技能労務職というと保育園や図書館の人たちの給与は

東京都の同職種の人たちと比べ30%も高いのです(国立市報 平成181120日号)。

これは驚くべき数値といえます。

また民間委託による経費削減の努力もほとんどしないといわれてもいます。

 

その一方で国立市では、学校の防犯カメラの設置をめぐって、

あれは権力が見張る監視カメラだと市長が防犯カメラの設置に反対したと聞きました。

こうした偏った思想の下では、

健全な公共心や社会性をもった子どもの育成はおぼつくはずもありません。

 

これらは正さねばいけません。

 

そんなこんなを考えつつ、寒くなった帰路を急いだものです。

冬の日は早く、国立駅に降りた時はもうすっかり暗くなっていました。

しかし大学通りのクリスマスツリーのきらびやかなイルミネーションに向かえられると、

奥島前総長の元気づけと同様の元気づけを受けた気がしたものでした。 

 

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 【121日付】  

 

          「明日の「くにたち」をみんなでつくる会」が発足

 

先の1125日、「明日の「くにたち」をみんなで創る会」の発足会がもたれました。

場所は国立市の商工会館。集まったのは200人に近い市民。

市内の大学や都庁の関係者、商店街や農業関係者、PTAや幼稚園関係者、消防団、

学生、政党関係者など実に幅広い結集でした。

その盛り上りから国立の現状を憂い、国立を何とか変えようとの強い思いを

改めて感じ取った次第です。

この場では多くの論議がなされました。

何よりも国立市がいまたいへん危機的な状況にあるという点が強く指摘され、

とくにそれは3つの危機として提示されたのです。

その要点は以下のように整理されるといえましょう。

 

    第一はまちづくりの危機というものです。

「減築の思想」を主張し、壊し、縮小する方針をとる現市政は

明らかにまちづくりを放棄しているのではないかということでした。

南部の区画整理、国立駅周辺まちづくり、狭隘な周辺道路は

ほとんど未着手のままだとの指摘がされました。

 

    第二は市民参加の危機です。

偏った一部の住民参加の実態や、時間やコストを無視して際限もなく続く話し合いと手続き、

それらはつまるところ首長の行政責任の放棄となっており、

国立の街を混乱させているのではないかというものです。

その結果、市民自治そのものへの不信感さえ国立には醸成されてきているという懸念でした。

 

    第三は市財政の危機です。

事実上の大赤字に対し改革努力を放棄しているということです。

市民への補助金を軒並みカットする一方、企業誘致も行わず、

国や都の補助金確保の努力もなく、何よりも職員給与の是正も民間委託も

まともに進めていないことが強く指摘されました。 

こうした危機意識を出し合った後、改めて国立の街の改革の必要性を確認しあいました。

なおこの「創る会」の会長には、国立の教育改革に取り組んできた

重野和夫前国立市教育委員長が就きました。

 

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      明日の「くにたち」をみんなで創る会        

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